「新しい日常」とは〜ライブハウスの行方

宮入恭平

7月5日に東京都知事選がおこなわれ、即日開票の結果、現職の小池百合子都知事が再選を果たした。過去最多となる22名が名乗りをあげた都知事選だったが、蓋を開けてみれば小池知事の圧勝に終わった。コロナウイルス禍ということで、各候補者が思いどおりの選挙活動を展開できなかったようだが、そんななかで知名度(あるいは露出度)のある候補者が上位を占めることになった。ちなみに、上位4候補者の得票率は、小池百合子=59.7%、宇都宮健児=13.76%、山本太郎=10.72%、小野泰輔=9.99%、という結果だった。いろいろと思うところあるものの、ここでの個人的な政治的見解は控えることにする。とはいえ、この上位4候補者の音楽文化に関する考え方は明らかにしておくべきだろう。#SaveOurSpaceでは下馬評で名前があがっていた(つまり、結果として多くの得票を獲得した)4候補者に質問状を送り、縮小営業を余儀なくされているライブハウス/クラブに関しての対応を尋ねた(http://save-our-space.org/tokyogovernorelection2020/)。(1) 休業に対する直接補償は必要か否か、(2) 縮小営業等に対する直接補償は必要か否か、(3) 名指しでの自粛要請は妥当か否か、(4) インターネット配信は生のエンターテインメントの代替手段になるか否か、(5) ライブハウス/クラブはどのような場所だと認識しているか、という5つの質問に対して、4候補者がそれぞれの見解を示している。詳細については#SaveOurSpaceのウェブで確認できるが、回答からは各候補者の音楽文化に対する認識をうかがい知ることができる。そのなかの (5) を含む記述式の回答に関しては長文が多いため割愛することにして、(1) 〜 (4) の「イエス or ノー」の回答を確認すると、宇都宮、山本、小野の3名は (1) 休業に対する直接補償は必要、(2) 縮小営業等に対する直接補償は必要、(3) 名指しでの自粛要請は妥当ではない、(4) インターネット配信は生のエンターテインメントの代替手段にならない、と同じ回答をしている。それに対して、都知事に再選した小池のみが、(1) 選択せず、(2) 選択せず、(3) 選択せず、(4) インターネット配信は生のエンターテインメントの代替手段になる、と回答している。(1) 〜 (3) に関する質問には、「イエス or ノー」の明確な回答を避けて、あえて現状説明にとどめている。これまでも現職としてコロナ対策に奔走して、補償などの財政措置にも直接的に関与してきたことを考えると、小池知事の曖昧な立ち位置は理解できなくもない。実際のところ、東京都の財政が逼迫していることは、メディアでも報道されている事実なのだ。つまり、ライブハウスやクラブといった特定の業種への補償について、明言することはできないというわけだ。行政のリーダーとして、あらゆる分野を俯瞰しながら判断しなければならないという立場にあるのは当然のことだ。とは言え、「クラスター発生源としての名指しの非難」から「補償なき自粛要請」といった、これまでのコロナウイルス禍における国や行政のライブハウスに対する態度には目に余るものがあったのは確かなことだ。こうした状況を踏まえながらも、宇都宮、山本、小野はライブハウスに寄り添った見解を示したのに対して、小池はある意味で冷静な態度を貫くことになった。

選挙という民主的な手続きのもとで、小池知事が再選を果たしたのは紛れもない事実だ。そして、それは少なくともライブハウスにとって、必ずしも明るい兆しとは言い難い。先の質問の「ライブハウス/クラブに対する認識」として、小池知事は「様々なジャンルのアーティストが活動し、若者をはじめ幅広い世代の人たちが音楽と交流に親しむことができる、音楽文化の発信拠点の一つであり、都市の文化性や集客性を高める場であると考えております」と述べたうえで、「業界団体が策定するガイドラインに則り、感染拡大防止と事業活動の両立が図られていくとともに、都知事としても、東京の音楽文化を育む場をしっかり守っていきたいと思います」と答えている。小池知事は「休業に対する直接補償の是非」について、「補償は国の責任」としたうえで、東京都はこれまで休業要請協力金などで支援をおこなっており、今後も前向きに検討すると回答している。また、「縮小営業等に対する直接補償の是非」については、6月19日に休業要請を解除したことから、ガイドラインに沿って適切な感染防止策を進めつつ、「新しい日常」における支援を積極的に講じるとしている。そして、「名指しでの自粛要請の妥当性」については、「3密」の場や、すでにクラスターが発生している施設への出入りをできる限り避けるよう、都民に対して呼びかけをおこなったものだという認識を示している。なるほど、ここまでの小池知事の回答からは、「休業に対する直接補償や縮小営業等に対する直接補償の必要はなく、名指しでの自粛要請は妥当である」という見解が明らかになる。これまでもライブハウスへの支援はおこなっており、これからも可能な限りの支援を講じるという小池都知事だが、4月以降にコロナウイルス禍の影響で閉店を余儀なくされたライブハウスは(7月20日現在)全国で24店にのぼっており、そのうちの11店は東京都なのだ(https://www.livebu.com/covid19/close/)。結局のところライブハウスは、小池都政の新自由主義的な「自己責任」のもとで、引き続き苦難の道を進まなければならないというわけだ。さらに、小池都知事は「インターネット配信は生のエンターテインメントの代替手段になる」という見解を示している。その理由として、「アートにエールを!東京プロジェクト」(https://www.seikatubunka.metro.tokyo.lg.jp/bunka/katsu_shien/0000001441.html)を開始し、動画作品を制作するアーティストの個人を対象に募集をおこなったところ2万人の応募があったことをあげている。加えて、劇場・ホール等の施設を利用して無観客や入場制限のある公演の動画を無料配信するための支援も実施するということだ。そして、「東京の芸術文化を担う多くの方々の新しい日常における創作活動を支え、東京の文化の灯を絶やさないための支援を積極的に行ってまいります」と締め括っている。ちなみに、「アートにエールを!東京プロジェクト」は、応募者を無作為に選ぶもので、「芸術文化」の文脈とはかけ離れた支援であることを添えておく。

二期目となる小池都政のもとで、どうやらライブハウスには暗雲が立ち込めているようだ。そして、事態はさらに複雑な様相を呈している。小池知事が考える「文化の灯を絶やさないための支援」が、生のライブ・エンターテインメントよりもインターネットの動画配信に向けられているのは確かなことだ。もちろん、「ナマ」と「インターネット」は必ずしも相互排他的な関係になるわけではなく、状況によっては相互補完的な役割を果たすこともある。確かに、音楽産業はインターネット配信の可能性に大きな期待を寄せているのは間違いない。たとえば、6月22日に開催された「Withコロナ、Postコロナでのエンタメについて」(https://citytech.jp/report/ct-online_symposium3/)というウェビナーでも、オンライン配信の重要性が語られた。さらに、国民的バンドのサザンオールスターズは、6月25日に横浜スタジアムからの無観客配信ライブを開催した(https://2020live625.southernallstars.jp/)。税込み3,600円のチケット(視聴権)の購入者は18万人、総視聴者数は推定で約50万人だった。収益の一部はチャリティになるものの、単純計算でも6億5,000万円の売り上げになった。ポストコロナ時代のライブ・エンターテインメントの可能性を模索する音楽業界にとって、サザンオールスターズの試みは、まさしく「希望の轍」になったというわけだ。それと同時に、「インターネット配信は生のエンターテインメントの代替手段になる」という、小池都知事の見解を裏づけることにもなった。もちろん、音楽業界のインターネット配信への期待や、サザンオールスターズの無観客ライブ配信の成功事例は、今後のライブカルチャーのあり方を考えるうえで参考になることは間違いない。その一方で、インターネット配信の期待や成功事例は、必ずしも(小さなライブハウスやライブバーのような)オルタナティブに反映されるものではない。つまり、小池都知事が声高にする「インターネット配信は生のエンターテインメントの代替手段になる」という見解は、あくまでもメインストリームに寄ったもので、オルタナティブは「排除」されかなねないのが実情だ。さらに、小池都政においては補償の見込みが絶望的なのは間違いなく、今後も起こりうるであろう自粛要請で力尽きてしまうのは必至だ。

そんななか、「ナマ」のライブ・エンターテインメントが動きはじめた。段階的緩和の目安として設定されている「ステップ3」への移行について、イベント開催制限の緩和が予定どおり7月10日から実施された。屋内・屋外ともに上限人数を5,000人としたうえで、屋内は収容率50%以内、屋外は十分な間隔(できれば2メートル)をとることで、制限が緩和されるようになった。緩和対象はコンサート、展示会、プロスポーツ、地域の行事などとなっており、「全国的・広域的なお祭り、野外フェス」などについては対象外だが、すでにプロ野球や音楽コンサートなどでは、ガイドラインに沿って観客を入れた「新しい日常」の名のもとで開催されるライブ・エンターテインメントのあり方についての試行錯誤をはじめていた。さらに、「ステップ3」での収容率はそのままに、上限人数を無制限に定めた次のステップを見込んでおり、8月1日を目処に実施される見通しとなっていた。そんな矢先、新宿の小劇場でクラスターが発生してしまった。6月30日から7月5日に劇場「新宿シアターモリエール」で上演された『THE★JINRO-イケメン人狼アイドルは誰だ!!-』から発生したクラスターにより、全12公演すべての観客から陽性者が出てており、7月15日の時点で出演者、スタッフ、観覧者合わせて計59人の感染が判明している。判明した感染者は東京のみならず、神奈川、埼玉、千葉、群馬、栃木、茨城、さらには愛知、島根、長野にも広がっており、約850人が濃厚接触者と認定されている。この公演をめぐっては、体調不良の出演者がいながら上演を強行した疑いがあるという一部報道があった。それに対して主催者は7月12日の発表で、全国公立文化施設協会などが定める感染拡大防止のガイドライン(https://www.zenkoubun.jp/covid_19/files/0525covid_19.pdf)に沿って公演をおこなったと反論している。検温や消毒、マスクの着用を徹底したほか、休憩時間の換気、楽屋を3か所に分けるなどの感染防止に努めていたということだ。しかし7月14日、新宿シアターモリエールも加盟する小劇場協議会が、同協議会のガイドライン(http://jipta.jp/?p=1)に従った感染防止策について徹底・遵守されていなかったことが判明したと発表し、食い違いが明らかになった(小劇場協議会のガイドラインは、全国公立文化施設協会のガイドラインに準じている)。さらに同日、西村康稔経済再生担当相が記者会見で「終わった後にアンケートを取るということで、観客と非常に近い距離にいて、握手をしたりハグをしたりということもあったと聞いている」と発言し、萩生田光一文部科学相も「ガイドラインを逸脱していたのではないか」と指摘するなど波紋が広がっている。

そもそも、7月10日からのステップ3への移行の判断が正しかったのかどうか、その検証はしっかりとなされるべきだろう。実際のところ、7月に入ってから感染者数は増加傾向にある。何しろステップ3へ移行したその日には、東京都の感染者数が過去最多となる243人に膨れあがっていたのだ。もちろん、感染者数だけを指標として判断するには、さまざまな問題を孕むことになる。加えて、我が国の方針が「感染拡大を防止しながらも、社会・経済活動を(再)活性化させる」方向に舵を切ったことは明らかだ。したがって、たとえ感染者数が増加したとしても、「withコロナ」(=コロナとの共存)なるお題目のもとで、イベント開催に向けた「壮大なる社会実験」を繰り広げることになるのだ。それに乗じて、観光産業を後押しする目的で「GoToトラベルキャンペーン」にも積極的に取り組む意向を表明したのだ。当初は感染の収束を見込んで8月からの実施を予定していたものの、国内旅行の需要喚起策として7月22日からの前倒しを決めたのはステップ3へと移行した7月10日だった。もっとも、東京都の感染者数は火を追うごに増加の一途を辿るばかりだ。そのうえ、感染者数の増加は東京都にとどまらず、全国的に増加傾向にある。もはや、感染者数の増加を食い止めるには、人びとの行動を制限する以外に手立てがないのが実情だ。こうしたなかで、観戦拡大の防止と社会・経済活動の(再)活性化のバランスをはかるべく、これまでの方針を見直す動きが出はじめている。7月10日から実施したイベント開催制限の緩和は、8月1日を目処に一律の人数制限を撤廃する方針だったが、西村経済再生担当相は「5,000人(の制限)を外すと1万人や2万人の規模でできるようになり当然人が動く。基本的には慎重に考えないといけない」と指摘した。医療や経済の専門家でつくるコロナ対策の分科会を開催して判断する見通しになっており、制限緩和が先送りになる可能性もあるようだ。また、7月22日に始まる国内旅行の需要喚起策「GoToトラベルキャンペーン」から、感染者が顕著な東京発着分を除くことを決定した。こうした決定の背後には、7月17日に過去最多の293人の感染者が報告された東京都に対して、「非常に高い水準で推移しているので非常に危機感を強めている」という政府の危機感があらわれている。さらに、西村経済担当相は、17日に1都3県の知事とおこなったテレビ会議で「営業停止など強い措置をとれるよう検討してほしいという話を受けた」ことを明らかにした。そのうえで、「何かできないか法制局と急ぎ詰めたい」と述べ、感染症法や建築物衛生法に基づく措置も検討しているようだ。つまり、感染者が多い1都3県では、感染防止策をとらない飲食店の利用自粛などが要請される可能性があるということだ(「日本経済新聞」2020年7月18日)。

仮に、ライブハウスが「生のエンターテインメント」を提供しようと営業を継続した場合には、ガイドラインの指標に沿った営業をしなければならない。小池都知事は7月15日の記者会見で、東京都が示したガイドラインを守っていることを示す「感染防止徹底宣言ステッカー」の提示をうながした。同時に、利用者に対しては「ガイドラインを守らないお店は避けていただきたい。目印としてステッカーのあるお店を選んでいただきたい」と呼びかけた。この「徹底宣言ステッカー」は、都が定めたガイドラインにある感染防止対策をすべて守っている事業者がオンラインで申請することができる。とは言え、あくまでも自己申告に過ぎない。そして、たとえばライブハウスに関しては、ガイドラインを遵守して営業することは、すなわち廃業を意味することになる。7月20日時点で、東京都が示したガイドラインは、業界団体と専門家が策定した政府のガイドラインに準じたものになっている。そして、そのガイドラインに沿って感染防止を徹底させた場合には、収益が見込めずに営業が成り立たなくなるライブハウスも少なくないはずだ。今回のコロナウイルス禍をきっかけに、ライブハウスの業界団体のいくつかが動きを見せはじめているのは事実だ。そこには、これまで機能不全に陥っていた団体もあれば、今回のコロナウイルス禍によって発足した団体もある。もっとも、業界団体が末端のライブハウスにまで手を差し伸べることはないのも確かなことだ。ライブハウス文化を取り巻くさまざまな事情が(現在進行形で)明るみになっているコロナウイルス禍において、「新しい日常」への移行を強調する小池都知事のもと、これからのライブハウスに求められるのは「自律(自立)性」なのかもしれない。