営業再開へ向けて〜ライブハウスの選択

宮入恭平

あたかも、プレコロナのような生活へ戻りつつあるような錯覚に陥ってしまう。もちろん、日常的にマスクを着用したり、スーパーマーケットの入口で消毒液を使ったり、可能な限リモートで仕事をしたり、等々、およそプレコロナでは想像もしなかったような生活が当たり前になっているのが現実だ。それでも、緊急事態宣言下における制約された日々に比べると、人びとのストレスは軽減さえているように思われる。その一方で、ウイルスの課題そのものが解決していないのも事実だ。だからと言って、いつまでも経済活動を停滞させておくわけにもいかない。5月25日には東京など首都圏の1都3県と北海道に継続して出されていた緊急事態宣言が解除され、全国的に自粛が緩和されるようになった。6月18日には安倍晋三首相が記者会見を開き、新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐために求めてきた移動自粛の全面解除を表明した。国内の感染が一定の範囲に抑えられているとして、緊急事態宣言が解除された時点で発表した行程に沿って、19日から社会経済の活動水準を引き上げることになった。各都道府県知事がおこなってきた店舗などへの休業要請も原則なくなり、たとえば東京都では営業再開が最後まで先送りになっていた繁華街の接待を伴う飲食店やライブハウスなども、業界団体が策定した感染予防のガイドラインを守ることなどを条件に、営業再開が認められることになった。安倍首相は「社会経済活動を犠牲とするこれまでのやり方は長続きしない。できる限り制限的でない手法で感染リスクをコントロールしながら、しっかりと経済を回していく」と述べている。この言葉からは、「どうぞ、自分の身は自分で守ってください」と言わんばかりの、自粛から自衛という新自由主義的な自己責任が透けて見える。そして、実際のところ、自分の身は自分で守るしかないのだろう。こうした動きにともない、都道府県間の往来は自由となり、イベントの開催制限も緩和されることになった。展示会やコンサートなどは最大1,000人規模の収容が可能になり、プロスポーツをはじめとする全国的な人の移動をともなう大規模イベントも無観客で開催できるようになった。さらに、状況が落ち着いていれば、7月10日にも社会経済の活動水準をさらに次の段階に引き上げる見とおしだ。もっとも、屋内イベントについては、参加人数の上限が緩和されても、会場の収容人数の50%以内とする現在の目安は維持される。とはいえ、それでは採算が取れないとの声もあがっていることから、業界関係者や感染症の専門家らを交えて緩和策を話し合う検討会を設け、7月初めには指針をまとめる方向にあるようだ(「移動自粛を全面解除、安倍首相が表明『経済を回す』」朝日新聞、2020年6月18日)。

今回のウイルス禍では、ライブハウスがメディアを騒がせてきた。否、ライブハウスについてメディアが騒ぎ立ててきた、と言った方が適切かもしれない。ある意味でスケープゴートと化してしまったライブハウスだが、ようやく次なる局面へと移行する準備が整いはじめた。もっとも、ライブハウスの前途は多難だ。一方的な「補償なき自粛」を余儀なくされ、わずかばかりの休業協力金や公的助成、さらにはクラウドファンディングや支援プロジェクトなどで急場を凌いできたものの、さすがに長期にわたる休業には限界がある。結果として、営業再開を待たずして力尽きてしまったライブハウスも目につきはじめ、6月20日時点では全国で21店が閉店に追い込まれる始末だ(https://www.livebu.com/covid19/close/)。もちろん、ポストコロナ時代のライブハウスのあり方を模索しながら、ライブ配信などを積極的に導入するところも出てきている。とはいえ、ライブ配信でプレコロナ時代と同等の採算がとれるかどうかには不安が残る。ライブ配信には国や自治体の予算も充てられるようだが、それはあくまでもライブハウスのオルタナティブな姿というわけだ(スガナミユウ「ライブハウス/クラブは、「配信は代替にはならない」と主張をするべき。」https://note.com/yusuganami/n/ncca904edd424)。もちろん、そうしたオルタナティブなライブハウス像(あるいは、ポストライブハウスと言い換えることもできるだろう)の模索も求められるだろうが、その一方で、既存のライブハウスのスタイルをどうにか継続させようとする動きも活発になっている。そんななかでも顕著な動きとして、助成金申請の働きかけがあげられる。それを牽引しているのは、すでに3月末から活動をはじめている「SaveOurSpace」だ。当初はライブハウスやクラブへの助成金を求める活動からはじまった「SaveOurSpace」は、さまざまな業種の垣根を超えた「SaveOurLife」へと広がりを見せることになった。さらに、映画(「SAVE the CINEMA」)や演劇(「演劇緊急支援プロジェクト」)と連携しながら、文化芸術復興基金の創設を求めた「WeNeedCulture」プロジェクトを立ちあげることになった。ライブハウスはもちろんのこと、ミニシアターや小劇場といった、いわゆる大文字の「文化」や「芸術」からこぼれ落ちるアンダーグラウンドの「文化」や「芸術」にも、国や行政の支援が必要になると訴えかけたのだ。ウイルス禍による損失の補填のみならず、ポストコロナの復興支援の土台となる「文化芸術復興基金」を提案し、5月22日には政府の第2次補正予算に向けて省庁要請をおこなった。その後も政治家への働きかけを継続して、6月には国会の質疑で取りあげられるまでにいたっている(「国会に届いた #WeNeedCulture の声。山添拓議員の質疑から浮かびあがる政府方針を検証」『ハーバー・ビジネス・オンライン』https://hbol.jp/221018?cx_clicks_art_mdl=2_title)。さらに、ライブハウスを会場におこなわれた野党政党が企画するトークイベントに参加したり(https://www.youtube.com/watch?v=L4TpxLETS2U)、国会議員や都議会議員との意見交換をしたりと、積極的な動きを見せるようになっている(https://twitter.com/Save_Our_Space_/status/1273601314845409281)。

助成金申請という働きかけとは別の方法で、ライブハウスの営業再掲に向けた取り組みをおこなう動きも見られる。それは、ライブハウスの業界団体も関与しているガイドライン策定だ。政府が進める「感染リスクをコントロールしながら、経済を回す」試みとして、業種ごとにガイドラインが策定されるようになっている。そんななか、ライブハウスも営業再開に向けて、業界関係者と感染症の専門家を交えてのガイドライン策定がおこなわれた。数回にわたって会議がおこなわれ、政府は6月13日にライブハウスの営業再開に向けたガイドラインを発表した。そこに関与したのが、「一般社団法人ライブハウスコミッション」(http://lhc.tokyo/)、「NPO法人日本ライブハウス協会」(http://j-livehouse.org/)、「飲食を主体とするライブスペース運営協議会」、「日本音楽会場協会」(https://www.japan-mva.com/)の4団体だった。もっとも、ガイドラインの策定に関与した4団体は、ライブハウス業界全体を取りまとめるような組織化されたものではなく、必ずしもライブハウスの総意ではないという点には留意する必要があるだろう。実際のところ、ライブハウス業界全体を取りまとめるような一枚岩の組織は存在しないということだ。5月後半の時点でガイドライン策定の会議に参画したのは、「ライブハウスコミッション」(2016年設立)と「ライブハウス協会」(2007年設立)の2団体のみだった。もっとも、この2団体はライブハウスの業界団体として存在はしていたものの、どれほど機能していたのかについては議論の余地がある。たとえば、両団体の公式ウェブサイトが立ちあがったのは、政府によるガイドラインが公表された当日の6月13日だった。つまり、それ以前はウェブサイトすらなかったというわけだ。そんな2団体に加えて「飲食を主体とするライブスペース運営協議会」と「日本音楽会場協会」がガイドライン策定に参画したのは、(内閣官房のウェブサイトによると)6月5日になってからのことだった。今回のコロナウイルス禍によるライブハウスの危機的な状況を打開すべく、急遽発足したのがこの2団体だ。とくに、「日本音楽会場協会」は小規模な音楽会場の立場から、ガイドライン策定に関してさまざまな発言をしてきたことがうかがえる。その経緯については、同協会のYouTubeからも確認することができる(https://www.youtube.com/channel/UCOaIQhO9hP4KpU0IfmmZx-A)。先の2団体と同様に、「日本音楽会場協会」もウェブサイトを6月13日に一新していることから、政府によるガイドラインの発表を意識していることがうかがえる。ただし、「飲食を主体とするライブスペース運営協議会」(代表は六本木のライブハウス店長と思われる)に関しては、現時点で公式なウェブサイトがなく、組織の詳細に関する情報を入手することはできない。もちろん、これら4団体の尽力がガイドライン策定に貢献したことは確かなことだ。その一方で、当該4団体が日本全国のライブハウスの総意ではないことも認識しておくのは重要なことだ。「ライブハウスコミッション」は大手7企業のみが加盟する団体であり、「ライブハウス協会」も体系化したものではない。さらに、「飲食を主体とするライブスペース運営協議会」と「日本音楽会場協会」にいたっては、あくまでもライブハウス関係者が自主的に立ち上げたグループで、その存在を知らないライブハウスも数多あるのが実情だ。今回のライブハウスに関するガイドラインの策定は、必ずしもライブハウスに関する知識がない政治家や専門家のみで議論されたものではない。つまり、そこにはライブハウスに関する知識がある業界団体が関与しているというわけだ。ただし、その業界団体は、あくまでも限定的なものだということも理解しておかなければならない。そもそも、日本全国のライブハウスを一律で取りまとめる組織が存在しないのは、紛れもない事実なのだ。

プレコロナのライブハウスのスタイルを継続させようとする動きで重要なのは、政治に訴えかけるロビー活動がおこなわれているという点だ。つまり、ライブハウスみずからが政治へのコミットメントを自覚するようになってきたというわけだ。ライブハウスの営業再開へ向けて、助成金申請やガイドライン策定といった政治へのコミットメントは、ある意味でライブハウス業界として必要最低限の行動と呼べるかもしれない。その一方で、政治にコミットしないという選択肢も用意されている。そもそも、体制に意義を申し立てるというカウンターカルチャーと親和性の高いライブハウスにとって、ロビー活動という政治へのコミットメントは不本意な行為に値するかもしれない。そして、実際のところ、コミットしないという選択をしているライブハウスも少なくはない。現に、助成金やガイドラインとは関係なく、独自の方法で営業再開に向けて動きはじめているライブハウスも存在しているのだ。2010年代にクラブカルチャーを巻き込んだ風営法改正問題では、好むと好まざるとにかかわらず、多くのクラブが政治へのコミットメントを余儀なくされた。しかし、多くのライブハウスは対岸の火事としてとらえていたと言わざるを得ない。そもそも、当時はライブハウスの業界団体すら大きな動きを見せることはなかったのだ。今回のウイルス禍では、個々のライブハウスが被った大いなる損失という部分には同情するものの、ライブハウス文化全体を俯瞰すれば、これまでの負の側面が露呈することになってしまった。つまり、少なくとも最近10年を振り返って見ても、2011年の東日本大震災、そして2015年の風営法改正と、ライブハウスはある意味で危機的な状況に直面してきた。それにもかかわらず、直接的な損失がなかったことから、ライブハウスはみずからの危機管理体制を見直すことのないまま、ここまでやり過ごすことができたというわけだ。そのうえで、これからは、政治へのコミットメントの是非ではなく、その姿勢が問われることになるだろう。もはや、ライブハウスの政治へのコミットメントが必須なことは明らかだ。たとえば、クラブカルチャーの風営法問題では、政治へのコミットメントが法律の改定を実現させた。その一方で、クラブカルチャーそのものの変質をうながすことにもなった。つまり、何のために政治へのコミットメントが必要なのかということだ。クラブカルチャーの風営法問題では、守りたかったのが「文化としてのクラブ」だったのか、それとも「文化産業としてのクラブ」だったのか、という問いが見え隠れしている。それは、ライブハウスにも言えることだ。つまり、いま守ろうとしているライブハウスは、「文化としてのライブハウス」なのか、それとも「文化産業としてのライブハウス」なのかということだ。もちろん、その姿勢はどちらでもかまわない。ただし、それを見誤ってしまうと、まったく期待はずれの結果が導きだされてしまうだろう。