音楽について書き、語ることへの試行錯誤
渡辺裕也(音楽ライター)インタビュー

文責:紺野泰洋
取材日:2020年4月29日(水・祝)

新型コロナウィルス感染症拡大に伴う、緊急事態宣言・イベント開催の自粛要請によるライブ中止・延期、CD・DVDなどの音楽パッケージ商品の発売、音源配信リリース延期が相次いでいる。それによる影響はライブ主催者、ライブハウス、レコード・レーベル、小売店などにとどまるものではなく、それらのライブや音楽について書き、語ることを生業とする「音楽ライター」にも少なからず及んでいるだろう。

今回、話を聞いた渡辺裕也氏(以下、敬称略)は、フリーの音楽ライターとして、国内外のポップ・ミュージックをメイン・フィールドとし、『ミュージック・マガジン』、『音楽と人』、『MUSICA』といった雑誌メディア、『The Sign Magazine』、『CINRA』、『Mikiki』といったWEBメディアで執筆活動を行っている。

今回は上述した状況下にあった、本年の3月から4月にかけて徐々に変化していく自身の仕事、仕事仲間を含めた周囲との対話、そこで音楽を書き、語ることについて、Zoomを通じオンラインで話を聞いた。


自身の仕事への影響

■:ご無沙汰しています。今、外で取材などはあったりするのでしょうか?

渡辺裕也(以下、渡辺):外出先での対面取材はなくなりました。インタビューは主にZoomで行ってます。ただ、取材の本数は以前と比べて明らかに減ったというのが正直なところで。中にはリリースが延期されたことで取材も延期になったり、アーティストの身近に感染者が出たという理由で急遽インタビューが見送られる、ということもありました。個人的にもその頃から危機意識がぐっと高まって、3月末あたりからは取材のご依頼をいただいた際は僕のほうからもオンライン対応をお願いするようになりました。

その時点だと、メディアやレコード会社の危機感もまばらだったというか、それこそ自粛要請が出る以前は、取材は対面でやってほしいと言われることもありました。なかにはオンライン取材の環境を用意できるスタッフがいないという理由で、僕はオンラインにしてもらえたけど、担当編集者は結局レコード会社に向かう、なんてこともありましたね。さすがに最近はそんなことはなくなりましたけど。

■:インタビュー仕事だけではなく、お仕事全体にもやはり影響というのは出ていらっしゃるのでしょうか?

渡辺:そうですね。インタビューの機会はもちろん、リリースと絡めた記事の依頼が減りつつあるのが現状です。それを踏まえて、僕のほうから何か提案させていただいたり、公開が先送りになっていた原稿を出してもらったりして、とりあえず4月はなんとか帳尻を合わせた感じなんですけど、5月以降は確実にやばいな、という感覚はあります。

報道でライブハウスのクラスター感染が取り沙汰され始めた時点で、自分たちの仕事に影響がでるのも時間の問題だなと感じてました。つまり、この被害は段階的に拡がっていくだろうと。ライヴの開催が難しくなって、作品のリリースも滞っていけば、メディアへの出稿も少なって、記事の本数自体も減ってくる。そうなれば当然、僕らのようなフリーランスのライターに回る仕事も減っていく。そういう流れで徐々に被害は大きくなっていくだろうなと。

だからといって、自分たちにできることが何もなくなるわけではなくて。むしろ、今だからこそ書けることはたくさんあるはずなので、編集者の方々と連絡を取りながら、こちらから記事のアイデアをだしてみたり、情報を交換したりしてます。たとえば、今はライヴ・レポートの記事なんて作りようがないわけですけど、一方で最近はオンライン・ライヴが頻繁に行われていて。その試行錯誤も含めて、現状を記録していくことには意義があると思いますし。雑誌もウェブ・メディアも従来の枠組みでは記事が作れなくなってるからこそ、今はいろいろ試みていく時期だと思ってます。

 

仲間たちとの対話を通じて

■:ご自身がお仕事で関係するまわりの方も、やはり少なくない影響を受けていらっしゃるんですね。

渡辺:Zoomでライターや編集者の知人と話してみると、現状はそれぞれ違うようですね。もうすでにやばいという人もいれば、仕事量としては4月も特に通常と変わらなかったという人もいたり。ただ、いずれにしてもここから先が大変だろうという認識は、みんな一致してました。

あと、ライター以上に深刻なのが、カメラマンの方々ですよね。僕らはオンラインでなんとか対応できるけど、撮影はそうもいかない。友人のカメラマンも、三月の時点でほとんどの撮影が飛んで、収入が絶たれている状態だと話していました。たとえば僕も原稿を書かせて頂いてる『MUSICA』や『音楽と人』といった音楽雑誌は、写真がとても大きなアピールになっているので、この影響は今後の誌面にも表れてくるのではないかと思ってます。

そういえば、少し前にロンドンを拠点にしてるカメラマンの知人とも話したんですけど、当然その人も今はロックダウンの影響で撮影は一切できていないみたいで。ただ、イギリスの政府から収入の8割が補償されているから、生活はできていると言ってました。日本でも最近ようやくフリーランスへの持続化給付金の申請が始まりましたけど、生活が困窮している人はすでにでてきてしまっているわけで、やはり対応が遅すぎるように感じます。

■:ライブが3月以降ほぼなくなっていったことも、皆さんのお仕事に大きな影響を及ぼしている出来事だと思います。

渡辺:海外アーティストの来日公演が中止、延期になったことで実現できなくなった仕事もありました。来日のタイミングで対面取材の機会を失ったのは、ライターだけじゃなくて、通訳さんもそうですね。それに次々と公演ができなくなった興行側の損失は、とんでもないことになってると思います。ライヴの開催に関してはまだ先行きが見えない状況だし、本当に心配ですね。そのなかで各々が今やれることをやっている、というのが現状だと思います。

 

コロナ状況下での試行錯誤

■:なるほど。今までと比べてお仕事の全体量は減ってるかもしれないけれど、新たにどのような仕事が作れるかを、各々が考え、挑戦している状況があるんですね。

渡辺:すべてのやりとりがオンラインに移行していくなかで、今はみんなが試行錯誤している時期だと思います。例えば、インスタライブやZoomを利用して公開でインタビューをやろうと考えているライターさんもいらっしゃったり。じつは自分も最近、インスタライブを試しに何度かやってみたんです。でも、個人的にインスタライブはインタビューみたいな形式にはあまり向かないような気もしたかな。

■:向かない?

渡辺:なんていうか、あれは視聴者と対話するプラットフォームであって、配信する側が一方的に話を進めていくのはまた違うのかもなって。でも、そういう試行錯誤は楽しいですけどね。とりあえず今はオンラインのいろんなツールを使ってみて、そのなかで仕事にもつながるようなやり方を見つけられたらいいなと。同じようなことを考えている人はたくさんいると思います。

■:今回のコロナの影響に伴って、ご自身のお仕事のやり方や、テキストそれ自体にも影響が及んでくる可能性はどのようにあるのでしょうか?

渡辺:これは東日本大震災のときも感じたことですけど、社会の変化のスピードがあまりにも早すぎて、何を書いたらいいのかわからなくなる、というのはあるかもしれません。書き手の視点がブレやすくなるというか。ここまで状況が変わってしまうと、音楽の聴こえ方にも影響がどうしても出てきますし。かといって、それらをすべてコロナ以降の状況と絡めて論じるのも、それはそれでどうなのかなと。実際、僕も震災のときは感情に流されすぎてしまったせいで、あとから目も当てられないような原稿を書いてしまったことがありました。こうした状況だからこそ、なんとか冷静さを保つということが、今は書き手にとって重要なんじゃないかなと考えてます。

あと、これはコロナ以前から感じていたことですけど、書くだけでは世の中のスピードに追いつけないという感覚もあって。音楽の現場でいま起きていることを適切なタイミングで伝えていくためには、たとえば声で伝えられるような場を設けていくことも必要なのかなって。

■:柳樂光隆さんも先日、noteで現状の音楽ライターの仕事と、お金の話を残していらっしゃいました。この状況下で、ご自身を含めたライターの仕事や働き方で、変化していく部分もあると思いますか?

渡辺:もちろん原稿を書くことの大切さは今後も変わらないし、それが自分の職業だと思ってます。ただ、それこそ僕らは今こうしてZoomで会話してますけど、こういうオンラインのツールを介して、自分の声でスピーディーに伝えていくこともきっと有効だと思うし、今後それが仕事としても成り立つようなシステムを構築していく必要もあるのかなって。

あと、これは友人のミュージシャンが話していたことなんですけど、演奏を配信する機会がこれから増えてくると、今後は発信する側の環境が問われていくだろうなと。それこそ今はオンライン・ライヴの有料化が試されている状況ですよね。その価格設定が今後どうなっていくのはわからないけど、たとえばこの前のceroのライブ配信は、1,000円という値段設定でものすごくハイクオリティな映像と音を配信していた。ただ、ああいう見応えのある配信を実現させるためには、アイデアはもちろん、ある程度の設備投資も必要となってくるはずで。個人やライヴハウスでYouTubeチャンネルを開設するにしても、それで収益化を目指したり、オーディエンスが楽しめるものを提供するのは決して簡単なことじゃないと思う。

もちろんこれはアーティストやライブハウスだけでなく、僕らも考えていくべきことです。今後オンラインでの発信が個人レベルで増えていくのであれば、その質を高めていく努力はしていかなければならないだろうなと。まだ苦しい状況がつづくと思いますが、そこで停滞せず、これから先につながるようなやり方を見つけるために、今はいろんな実験を重ねる時期なのかなと思ってます。

 


渡辺裕也

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